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​Episode02,

 私はこの館にお仕えしている、執事でございます。

 名前はなく、皆は「執事J」と呼びます。私の名前は古(いにしえ)の記憶の中に失せ、今も愛するご主人様を待ち侘びているのです。

 今日もこの館に迷い子がひとり……。ふふふ。ようこそ、宜しければ、一緒によく熟れた無花果の紅茶でもいかがでしょうか?

 但し、お気をつけて。鐘の音が鳴り響く頃には、お帰りあそばされませんと、もう二度と、ここから出られなくなってしまうかもしれませんよ?

 

 さあ、今宵、美しき物語を奏でるのはあなた様……。

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利用規約をお読みください。」   作・神崎シオン

 

 

「お嬢様、ご主人様、いらっしゃいませ。当館(とうやかた)では、どなた様に対しても、古(いにしえ)より受け継がれし規則を御守り頂いております」

 

 私は執事Jにございます。

 名前は、とうの昔に失われました。

 誰もが、私を今では「執事」と名指しして呼びます。名前はいつの世も、その人そのものを表す重要なものとして扱われてきました。

 どうか、あなた様のお名前もお聞かせくださいませ。

 

 ……そうですか、とっても素敵なお名前ですね。

 ようこそ、我が館へ。お履物はこちらへどうぞ、まずは、契約書にお名前をサインして頂きます。

 え? おいやですって……? なぜです、あなた様の麗しいお名前を、ほらっ、こうやって、私があなた様の手を取って、触れさせて頂き、こちらに記入させていただき……おっ、おやおや、なかなか強情ですねっ。

 

 ……くっ。な。なぜだ……。なぜ、お書きにならないのです……?

 

 そうです。名前を……ここに……

 

 むぅ。

 

 なぜです……ここに、あなた様のお名前を書き記して頂かないと、当館へはお入り頂けませんよ。

 

 

 私めが纏ったこの純白のグローヴは、かつて血の契約を交わした我が主様(あるじさま)との、従順の証でございます。主様が愛した純潔なるアンティークを愛でるためのもの……

 

「お名前をこちらにお書きください」

 

 私がそう告げますと、あなた様は、首を横にお振りになりました。

 

「いいえ執事さん。それなら、ひとつだけ条件があります。いいですか?」

 

 あなた様は、お名前を書かれれることを拒み、また、羽ペンをお返しにならないことと引き換えに、私めに、とある一つの条件を提示して参りました。

 

「あなたと、踊りたいわ……」

 

 あなた様は、今、確かにそう仰(おっしゃ)いました。私はしばしの間、大変驚いた表情であなたさまを見つめております。この、大きく開かれた二つの瞳は、今や、あなた様だけを見つめている……なぜですか? この私めに、ダンスをご所望(しょもう)になられるとは。

 

「いいえ、執事。あなたは利口で、優秀で、そしてとても美しい。そうね、この私が必要としているのは、あなたとの時間であって、私はあなたと素敵なダンスを踊るために、こちらに足を運んだのよ」

 

「あなた様はそう仰(おっしゃ)いますが、私めはあいにくと、主様(あるじさま)以外とは、共に舞いを舞うことは致しません。残念ながら、私が愛したのは、この館の古の主様なのです」

 

 私は、あなた様に対して、そう高々と宣言致します。

 すると、あなた様はこちらを鋭く睨みつけ、勢いよく指差しました。

 

「覚悟しなさい……執事Jッ! ちょっとイケメンで、利口で、ご主人様を愛し過ぎているからって……生意気よ!!」

 

「……なんと。どうやら本気であなた様は私を驚かせたいようですね。しかし、そこまで言われて私も大人しくしている訳には参りません」

 

 まったく。褒めていらっしゃるのか、強情で突っぱねていらっしゃるのか。

 あなた様の心は、まるで、うつろう秋の空と似ておられますね。

 

 美しい名前をお持ちのあなた様は、純白のワンピースの裾を靡かせ、突然、華麗に跳躍してみせられます。

 長くスラリとした美しい御脚が、透き通って輝きます。鋭く尖ったハイヒールの先端が、一直線にこちらに蹴り上げられ、あなたは華麗にダンスを舞うように、ハイキックをこちらに振り下ろします。

 

「あら。やるわね……」

「あなた様こそ。突然、どういうおつもりですか?」

 

 私はその美しい足首を、手の甲で受け止め、優しくあなた様に微笑みかけました。

 

「ご利用規約はお読みになられましたか?」

 

「いやよっ、執事Jっ! あたしは、そんなちっちゃなルールに縛られるようなレディじゃないのッ!」

 

 うーん。実に困りましたね。

 ようやく、気分が落ち着いたのか、あなた様は綺麗な長いブロンドを靡かせて、威風堂々と腕を組んでみせました。

 とても麗しいお嬢様でございますが、少々心外にございます。

 

「お嬢様、こちらでは、とあるひとつのルールに従っていただきます」

 

 ビシ、と、人差し指をまっすぐに立てて、私は、真剣な表情でお伝えしました。

 

「お嬢様、お気持ちは分かりますが、こちらでは、古の館の主様(あるじさま)がお決めになった、利用規約(ルール)をお守り頂きますよ。それができない場合、残念ですがティーパーティーにはご参加いただけません」

 

 私は、丁重にお伝えいたしました。

 すると、お嬢様は、その言葉に、黙々と、契約書にサインをしてくださっています。

 ですが、ご不満なことがおありのようで、途端に羽ペンをこちらに手渡すと、きょろきょろと辺りを見回しはじめました。

 

「ねえ、執事J。私を、どうしてもあなたの弟子にしてもらえない? もちろん、レディのお作法はちゃんと身に付いているわ」

「残念ですがお嬢様。当館はもうすでに私ひとりで充分なのでございます」

 

 私は、さらに真剣な声でそうお伝えしました。

 どうやら、あなた様には、何か別の思惑がありそうですね。

 更に、私は言葉を重ねてお伝えすることにしました。

 

「私が愛した我が主様(あるじさま)はただ一人……。残念ですが、この館で、無作法はまいりません。この館ではルールを守っていただきます……」

 

 私は、黒い燕尾服の胸の位置に手を添えて、丁寧に腰を折ってお辞儀した。

 私の忠誠心は、強い愛なのだ。

 

「いかなる場合におかれましても、利用規約(ルール)だけはお守りになられますよう……」

 

「わ、わかっているわよッ! ちょっと、からかっただけじゃない……! ほ、本気にしないでよ、もう……」

 

 そう言って、あなたは、私に、美しいあなた様のお名前を書き記した契約書を差し出しました。

 私はそれを受け取ると、ニッコリと微笑んであなた様を歓迎します。そっと片腕を館の奥へと差し出して、どなた様も、敬愛する我が主様が愛したアンティークの洋館へ立ち入ることが許されるのですが、今回ばかりは少し、事情が違うようです。

 

「むっ。この香りは……年代物のブラッディ・ヴォルドーですね……あなた様は……」

 

 私は、あなた様の細い手首を掴み、颯爽と館の門扉を潜ろうとするところを、寸前で止めました。

 あなた様は、少し不機嫌そうな表情でこちらを振り返ります。

「なによぅっ、まだ何かあるわけ……っ?」

 あなた様のその、細い顎先を、そっと指先で掬い上げ、私は、自らの鼻先を近づけます。

 あなた様は途端に赤面なさいました。

 それも、そのはずでしょう。

 

 よ っ ぱ ら っ て い ら れ る の で す ね……。

 

「あなた………ワインを飲んでこられていますね……」

 

 ブッブ〜〜〜〜〜〜。

 

 

 途端に、軽快な「不正解の音」が鳴り響き、あたりに重たい沈黙が流れます。

 

「当館では、アルコールをお飲みになられた方のご入館は、お断りしています」

 

「なによぉっ、ケチィッ! このッ……執事ぃッ……!!」

 

 やはり、突然に、あなた様から繰り出される、痛烈なパンチを、私は、一歩後ずさって、余裕にかわします。

 

 続け様に、二発目。三発目、を、私は片手で受け止め、再びニッコリと微笑みました。

 

「そ・れ・と。大変申し訳ございませんが、当館では、キャラクターに扮してのご来場は、固くお断り申し上げております」

 

 私はニコニコと拳を受け止めながら、そっと優しく告げました。

 

 あなた様は、途端に顔を真っ赤に染め上げ、うるうると瞳に涙を溜め込み始めました。

 そのお顔のなんと可愛らしいこと。私は笑顔のまま何度も、頷きます。

 

「わかればよろしいのですよ。ですが、あなたは、あなた様のままが最も、お美しいのです」

 

「ご。ごめんなさぁい……つい、うっかり、キャラクターになれば、きっと、執事J……あなたの館に相応しい、レディになれるかと思って……」

 

「それで。魔法のような身のこなしの華麗なハイキックや、パンチをすることができたのですね」

 

 少しだけ、感心してしまいました。

 愛するものに扮した御方はここまで身も心まで変身できてしまうものかと。

 

 なるほど。私が愛する館に相応しいとお考えになられる、レディに扮した上で、こちらにおいで頂いたのですね。

 

 でも、その必要はありません。

 なぜなら、あなたはそのままが、たいへん美しいのです。

 

 いえ……。訂正しましょう。

 

 あなた様は、そのままが、最もお美しいのです。

 

 勘違いなさりませんよう。

 

 

「身も心までも、あなた様が愛するキャラクターにご変身されてしまったのですね。素晴らしいではありませんか! ……だって、あなた様が愛するお方は、今でも、この時代に生き生きと生きておられるのですから」

 

 私は、思わず、あなた様へ溢れ出す想いをそのままに、言葉にしてお伝えしておりました。

 

「しかし、残念ながら、私めの愛するお方は、もう……」

 

「執事J……ありがとう。私、とっても、あなたが愛するこの場所が大好きで、私も、愛する人を再現したくて、ここに来たんです」

 

「ようこそ、おいで頂きました。では、改めて、この契約書にサインを」 

 

 

 私は、ニッコリと満面の笑みを浮かべて、あなた様に再び、羽ペンを差し出しました。

 

 

 

 

 

 

 

——利用規約は守ろう!

 

・お酒……ゼッタイだめ〜〜!!

・利用規約はよく読んでね!

・コスプレしたまま来場は禁止です。(いかにもコスプレな衣装を着て、「私服です」というのもNG。来場マナーのドレスコードを守ろう。)

 

 

 

 

——ところで、あなたの洋館で、カレーが食べたいわ、執事っ!

 

「な、なんと……。では、こちらの『よくあるお問い合わせ』をご覧くださいね。

物語の紡ぎ手

文・作家(小説家)神崎シオン……お仕事の依頼はこちらから♪  sun.verse.birth@gmail.com

 

 新潟県出身。独特な世界観と摩訶不思議な語り口で読者を魅了。

 特徴的などんでん返しの作風が持ち味。PHP研究所「ラストで君はまさか!と言う」、

ノベルアッププラス百合文芸コンテスト中間選考通過。

 百合コミック誌ガレット「140文字の百合」に、漫画家やとさきはる先生の挿絵付きで

小説掲載。小学館にて五年担当編集者に就いて頂き執筆活動を行う。

 これまでに三冊書籍化済。(別名義)

 SNSが苦手なネット引きこもり。書き手より物語。黙って物書き。

 出版社への執筆が中心。

 

 

 

田園調布アンティークス館(有限会社マリアンジュより)

 

物語とキャラクター、アイディアと著作権について

 

小説はプロの作家に依頼して執筆して頂いています

写真・文章ともに著作権で固く守られています。

スタジオとしてでなく、小説の読み物としての創作物となります。

固く著作権法で保護されており、安易にアイディアを模倣することは著作権侵害という罪になります。

 

盗用、模倣、無断転用は固くお断り申し上げると共に、

著作権を侵害する行為は、法的措置の対象となりますので絶対におやめください。

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